〈自然史〉と〈ピカイア〉とのはざまに

〈自然史〉と〈ピカイア〉とのはざまに
豊島重之 TOSHIMA Shigeyuki (ダンスバレエリセ主宰)

札幌の写真家 露口啓二氏の新作『自然史』8点が巻頭を飾る。
これらの写真は「ポスト3・11の思考」の果実であり、そのいくばくかは被災地の舞踊家 豊島和子追悼の含意もあるという。東村山の詩人 佐藤恵氏の写真『ピカイア』8点がそれに続く。いうまでもなく『ピカイア』とは、リセ50周年公演での故豊島和子のソロダンスのタイトルだ。古生代カンブリア紀を生きたとても小さな古代魚。脊椎(せきつい)動物の祖先とも言われた仮説はあっさり覆(くつがえ)され、いまだに消息不明の無脊椎生命体。そのイメージを草花に託して、みごとに故人の孤高(ここう)の舞と幽冥(ゆうめい)の舞を、その「賦(ふ)と訃(ふ)」の姿を、ふたつながら焼き込んでいる。

なぜ『自然史』なのか。いわゆる歴史とは人類の歴史であり、文化と文明の栄枯盛衰(えいこせいすい)の歴史、戦争と内乱の歴史であり、いわばその勝者の歴史である。それとは対蹠(たいせき)的な、もうひとつの歴史がある。太古から人知れず繁茂(はんも)しつづけ、一方では人知れず枯死(こし)してきた〈自然史〉。豊島和子のダンスは、その〈自然史〉の一隅(いちぐう)に還っていった。〈自然史〉のフトコロから生じてきたものであるからには、その「フ・トコロ」に戻っていくのはごく自然なことであろう。人間の歴史である限り、その起源を常に既に遡航(そこう)せずにはおかないが、〈自然史〉にあっては、その起源は問われようがなく捉えどころもなく、遡航不能どころか「素行(そこう)不良」の「フ・トコロ」としか言いようがないからである。

多くの方から、こころのこもった追悼文を御寄稿いただいた。どのテクストも読みさすたびに「フト・ココロ」に迫ってくるものがある。
『ギンリョウのたびだち』と題された「フ・トコロ(訃の所在)」が、10月23日の舞台に寄せる願いの一半(いっぱん)であり、残り一半が「リセ55周年記念公演」である。大震災の3ヶ月前に豊島和子のダンスが囁(ささや)いた〈ジュクルパ=うた〉が、大勢のリセエンヌたちに引き継がれていく。イヌビエ・クサノオウ・ギンリョウソウ、可憐(かれん)な草花の群れなす野辺、そこが幻の稚魚(ちぎょ)ピカイアの息づく「フトコロ=賦の自生地(じせいち)」なのだから。(2011年8月6日)

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投稿日: 10月 3, 2011 | カテゴリー: Uncategorized | パーマリンク コメントする.

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