第9報:《天使の翅(はね)を見るには bis》

(4)
問いを繰り返そう。何度でも。天使の翅を見るにはどうすればいい、と。
言われるまでもなく、人は誰も、ほかの誰かの代わりに見ることはできない。この場にいる私が見るのであって、一番に見てほしいリセ創設者豊島和子は、この場にいたくてもいることができず、したがって見ることができない。この人称と所在を「入れ替える」こと、それは無理というものだろう。だが、こう考えてみたらどうか。私が見る、それが一人称で、あなたが見る、は二人称。彼・彼女という三人称もあれば、彼らや君らという複数性の多人称だってあると。
代替え不能とはいえ、「一人称単数」が絶対かつ完璧なわけではない。非在と交換不能な所在もまた、その有限性や限定づけを厳(げん)に受け入れつつ、必ずしも固定的かつ決定的なものではなく、たえず余白と揺らぎをはらんだ所在とみるべきだろう。隣が空席でなくったって、ほんの少し頭部をずらしアングルをずらして見ることくらいはできそうだ。それに、確かにヒトリで見るほかないのだけれども、ヒトリで見ているようでいて、じつは大勢で見ていることに改めて気づくだけでも何かが変わる。「見ることのホヴァリング」がわずかに羽化(うか)してきたかのような。ヒトリでありながら羽虫(はむし)のひと群れでもあるような。

佐々木萌衣(下)・田中幸乃(上)ほかによる豊島和子追悼作品『人称と所在 locus solus』© DANSE BALLET LYCEE

中野渡萌(下)・平船果凛(上)ほかによる『人称と所在』© DANSE BALLET LYCEE

『人称と所在』における田中幸乃© DANSE BALLET LYCEE

『人称と所在』における長谷部岬© DANSE BALLET LYCEE

四戸由香による豊島和子追悼作品『Saudade ——あの場所へ——』© DANSE BALLET LYCEE

(5)
豊島和子が最後に見たダンスは、2010年9月の及川廣信さんソロであり、リセエンヌたちと同じステージで『星宿(せいしゅく)のジュクルパ(うた)』を最後に踊ったのは2010年12月であった。であればこそ、2011年3月に急逝した豊島和子追悼公演が真(しん)に成立する条件とは、リセエンヌたちと同じステージで「及川廣信さんが踊る」というプログラム以外にはありえない。なぜなら、それを豊島和子自身が、ほかの誰よりも見たかったからである。しかし「そこに居ないはずのひと」にどうやって見てもらえるものだろうか。
「見ることのホヴァリング」についてはすでに触れた。もう一歩、踏み込んで語るべく、具体名を挙げることを御容赦いただきたい。たとえば、写文集の巻頭写真を提供してくれた露口啓二さんが、及川さんのダンスを見る、あるいは客席のどこかに身を沈めた鵜飼哲さんが、及川さんのダンスを見る、北島敬三さんが見る、笹岡啓子さんが、宮田仁さんが、谷合吉重さんが、ここに書ききれない方々が、それぞれ個別に、しかも別様に見る。それを非在のひとが、あたかも異風(いふう)の郵便脚夫(きゃくふ)のように横ざまから「盗みみる」、そのホヴァリングの事態。
早い話、鵜飼さんが『人称と所在』を見る、まさにその眼交(まなか)いのキワにハチドリの羽音(はおと)が低く唸(うな)るのである。耳目(じもく)には響かずとも、その羽音は無量(むりょう)のひかりを放つ。ホヴァリングしていたのは、じつは「そこに居ないはずのひと」であった。それを知るひと、まなかいのキワに羽音を聴き届けられるひとは、そう多くない。「誰でも」というわけにはいかない。あくまでも観客のヒトリである鵜飼さんが、リセエンヌ6名による『人称と所在』を目撃(もくげき)することにおいて、所在なきホヴァリングがはからずも生起(せいき)する。そうしてその汀(みぎわ)のさざ波が、いつか向こう岸にまで波紋を拡げていくようなら、もはや客席の「誰でも」がはばたきの所在に気づくことになるだろう。

大久保良美(下)・中野渡萌(上)ほかによる『人称と所在』© DANSE BALLET LYCEE

大久保良美(下)・中野渡萌(上)ほかによる『人称と所在』© DANSE BALLET LYCEE

『人称と所在』© DANSE BALLET LYCEE

平船果凛(下)・中野渡萌(上)ほかによる『人称と所在』© DANSE BALLET LYCEE

(6)
忌(き)明けの2011年5月末「リセ父母の会総会」で、(社)現代舞踊協会の一員となり、リセ主宰を正式承認された私は、来たる10月23日の創設55周年記念公演を創設者の追悼公演と位置づけ、故人が切望(せつぼう)していた「及川廣信ダンス作品」の組み入れ構想を提案し、総会の総意で承認されました。つまり、その前に踊った子も親も、その後に踊る子も親も及川作品を見ることが可能な時間配分の幕間を設けて。できる限り、リセエンヌ全員が及川作品を見ること、それが55周年であり、故人の念願(ねんがん)であったのだと。なかには、及川さんのダンスを見ることで豊島和子の不在を噛みしめる、そういう哀悼(あいとう)なのかなと勘違いする子も親もいます。むろん、そうではありません。

リセエンヌたちが、あるいは鵜飼さんや露口さんが及川さんのダンスを見ることで、「豊島和子が見る」ことを召喚(しょうかん)する。「を見る」ではないのです。「が見る」とは、まさしく及川さんが『追悼写文集』の論考で言及された「アフォーダンス」や「本覚(ほんがく)思想」に近いものがあります。「を見る」とは、見性(けんせい・げんしょう)を究(きわ)めんとする向上心のことですが、「が見る」とは、その向上心から解き放たれて、晴れやかな日乗(にちじょう)をホヴァリングすることではないでしょうか。それは一回的な様態であると同時に、永劫回帰(えいごうかいき)的な様態でもあって、いわば「起こりつづけている」———。

左から佐々木萌衣・田中幸乃・大久保良美・中野渡萌・平船果凛・長谷部岬による豊島和子追悼作品『人称と所在』© DANSE BALLET LYCEE

左から平船果凛・田中幸乃・佐々木萌衣・中野渡萌・大久保良美ほかによる『人称と所在』© DANSE BALLET LYCEE

(15th・Nov. 2011:ダンスバレエリセ主宰 豊島重之)

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投稿日: 11月 15, 2011 | カテゴリー: Uncategorized | パーマリンク コメントする.

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