月別アーカイブ: 8月 2013

カフカスの一滴 〜めのご、忘れえぬウタ

《カフカスの一滴》

———— 三陸復興国立公園指定記念:『種差 よみがえれ 浜の記憶』特別展 関連企画『カフカス Kavkaz』公演/会場:青森県立美術館シアター/2ステージとも入場無料/ 2013年8月24日(土)18時〜18時53分(ソワレ) 25日(日)14時〜14時53分(マチネ) 出演:中野真李・田中幸乃・大久保望・橋本和佳奈・高島莉緒・平船果凛・佐々木萌衣・西塚由佳・田島千征

新國+ガルニエ「プロメテウスの火」より

新國

(1)

水琴窟(すいきんくつ)に、一滴の水音が響く。壷中(こちゅう)の天が、にわかに張りつめる。水柱が一閃(いっせん)、虚空を切り裂く。水を打った。いや、水が打たれた。でもその水音を、誰が聴く。どんな耳が。水を打ったステージの袖寄り、やや斜め上方に。「Kavkaz」の数しれぬカズの群れが。

『カフカス』公演の作曲を手がけた都内の作曲家 根本忍さんより、猛暑のなかリハに汗を流しているパフォーマーたちに、ねぎらいの打ち水・力水(ちからみず)が送り届けられた。その水とは、なんとカフカス山系の雪解け水、あの黒海とカスピ海にまたがる「カズベク・カズベキ山(グルジア)」の自然水である。その自然水の商標「Borjomi(ボルジョミ・ボリョーミ)」は、グルジア国立自然公園の名に由来する。いまリセの冷蔵庫でギンギンに冷やされているとはいえ、ボジョレとかいうワインの銘柄と勘違いしないでほしい。根本さんが指摘したいのは、ゼウスの禁を破って人類に火を与えたため、永劫(えいごう)の罰としてプロメテが呪縛された「Kazbek カズベキ・カズベク山」ではないか、ということだ。すなわち、私たちに火を与えた者がいたからこそ、この舞台に送り火を焚(た)き、遣(や)り水を打つことができるのである。

(2)

日本のノイエタンツの草分け 江口隆哉(野辺地出身)作品『プロメテの火』しかり、江口に抜擢され『プロメテの火』でデビューした八戸の、そして三陸屈指の舞踊家 豊島和子しかり、そこに着目して今回の公演を企画した青森県立美術館しかり。消えも入りそうな火を絶やさぬヒトビトがいる、ということなのだ。根本さんが送信に添付してきた画像にも、そんなヒトビトがいる。コンクリート・ポエトリーの詩人(仙台生れ)新國(にいくに)誠一とピエール・ガルニエの共作『プロメテウスの火』(『日仏詩集』所収)を一瞥してほしい。天空をフランス語で「le ciel」というが、そこに回文=パリンドロームを読みとり、しかも女性冠詞「la ciel」に変更したうえ、その「A」の山頂の字形に漢字「火」の形象を重ね合わせている。豊島和子の三回忌の夏に、「Kaz Kaz(数々)のソロ・ステージ」がよみがえる。「カズ」を数える「ベキ」ではないなら、いまだに行方不明の「カズ」とともにある「ベク」。少なからぬ行方不明者たちは、けっして死者でも屍体でもなく、みえない海流に乗って世界中を、いまだに漂流・失踪(ディスパリシヨン)しつづけているのだから。

《めのご、忘れえぬウタ》

—————— 日本芸術文化振興基金助成・八戸市主催・三陸復興国立公園指定記念:ICANOF第11回展『北島敬三—————種差scenery 』特別プログラム 『kapiw カピウ・かぷしま』公演/会場:八戸市美術館2Fギャラリー:入場無料/ 2013年9月1日(日)14時半〜14時52分(1ステージのみ) 出演:中野真李・田島千征

**同日、ダンスに続いて15時〜山内明美トーク・18時〜八戸グランドホテルにて、オープニングパーティ・出版祝賀会。お気軽にお申し込みください。**

まりユキノ

 9月1日(日)18時〜出版祝賀会 発起人 小林眞氏(左)と中野真李(中)田中幸乃(右)(2012南郷プロジェクトにて ©  dblycee )

(3)

黄色い蕪の花が一面に咲き乱れる蕪島は、種差海岸の北端、八戸港の海難守護神・歌舞音曲の芸能神たる弁財天を祀る「歌舞のシマ」でもあった。カピウとは、ウミネコの棲むシマを意味するアイヌ語ともいわれ、ウミウ・コクガン・シノリガモ・イソヒヨドリなど、多くの渡り鳥の繁殖地・棲息地としても知られている。その蕪島もまた、戦時中には特攻艇「震洋」の出撃基地であった前史をもつ。「震洋」は出撃する前に敗戦の日を迎え、米軍による大規模な空爆も浴びずに済んだと思いきや、たちまち太平「洋」を「震」撼(しんかん)させた、あの日を迎え、以来ずっと「あの日」を私たちは迎えている。時制の地崩れに見舞われて、どんな人称も所在なげに打ち震えているばかり。「あの日」に響きあうウタとマイの到来を待ちこがれつつ。

8月31・翌1日のトーク講師 山内明美さんが生れ育った南三陸町。ウタツサウルスの化石出土で名高い「歌津」漁港から津波にさらわれ、2400キロ離れた沖縄の西表(いりおもて)島に漂着した郵便ポストが、歌津に舞い戻った報に接した。「涙(なだ)そうそう」「島人(しまんちゅ)ぬ宝」のヒットなどで知られるBEGINのヴォーカル比嘉栄昇のアイディアだ。手紙で思いを伝えあう赤いポストなればこそ、三陸の被災地と基地をもつ沖縄の思いを重ね合わせたのである。赤いポスト帰還を祝う仮設商店街の夏祭りでBEGINは、新曲「歌津さ 来てけさい」を披露するとともに、3千人の被災者たちと再生の思いを分かち合った。比嘉と歌津の住民が交互に掛け合う「おらほさ あんだほさ、おらほさ あんだほさ」のリフレインが、さぞかし印象的ではないか。

(4)

それはそこにあった。田野畑民俗資料館の一隅に。50センチ四方の升(マス)型で、やはり深さもそれくらいある板製の函に、びっしり「めのご」が詰まっていた。初めは貝殻を砕いた骨片の集積に思えて、背筋が凍りつく思いがしたけれど、反面、ピリカメノコのどんな困難にも屈しない戦闘少女をも連想させたのだ。ペリー来航の1853年「第二次三閉伊(さんへい)一揆」を主導したのは、田野畑の畠山喜蔵・多助や佐藤市右衛門ら。盛岡南部藩の圧政に対して陸中の農民・漁民はもとより、八戸藩領九戸郡の山民・漁民・修験・芸能衆も結集して、第一次よりも巨大な決起に膨れ上がった。それだけ飢餓と重税が苛酷だったのである。長期戦を覚悟する一揆の男たちに持っていかせる戦闘食・兵站(へいたん)・保存食を、村の女たち・婆さまたちが総出(そうで)で「めのごまんま」を必死に握り続けた、その握り飯の中に埋め込む「若布(め)の粉粒(ご)」のことだと気づいた。しかし私にはそれが「夜爪(よづめ)」の集積に思えて、さらに慄然とさせられたのである。

「夜に爪、切るもんじゃない、親の死に目に会えなくなるから」と、幼い頃よく言われたものだ。そんな昔の迷信を知ってる人なら、エッと思わずヒイテしまう、その分かれ目(ワカ・メ)に挑戦したのが、中野真李である。ソロ作品『夜爪(よづめ)』は、「親の死に目に会えなかった」多くの行方不明者たちのことを念じつつ、その誰かのために「いま私は、夜通し、爪を切る」「限りない時間をかけて、爪を切る」というダンス・ソロを練りあげた。なぜなら親の死に目に会えなかった一人一人の時間は、あまりにも長すぎる時間なのだから。真李は2013年7月末、埼玉全国舞踊コンクールに、そのファースト・ステップを踏んだ。特別賞「東京新聞賞」受賞、全国トップ10にランクインした。しかし、それはダンス・スキルだけ、スタイリッシュな完成度だけを評価された結果にすぎない。ダンスの未来性を担うには、忘れられた過去性の、目もくらむような長い時間に思いを馳せる〈個性・単独性〉でなければならない。

「メノゴ・ダンス」は、私たちの失意を戦意に鍛え直す。その一点において、世界的な写真家 北島敬三『種差 四十四連図』の、苛酷なまでに厳しい写真が展示された空間で、田島千征とのデュエット『kapiw かぷしま』に挑む。誰もが、写真に照射されたダンスを想定するだろうが、その逆にダンスが写真を照射する瞬間を、私は「歯ぎしり、往き来しつつ」見のがすまい。同時に、市美術館の3Fギャラリーで、31日から常設上映展示される北島写真によるプロジェクションに、中野真李とともに『にのいち』『人称と所在 bis』や『カフカス』の両輪となった田中幸乃も、登場することを強調しておこう。冒頭『水琴窟』から書き起こしたのも、それが幸乃のソロ作品のタイトルでもあったからである。火を絶やしてはならない。(豊島重之)

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